介護のお題 「燃え尽き症候群」

最近の悩みは人間関係です。自分と他人との関係ではなく、職員同士の関係に頭を悩ませています。

私の特養は4シフト制で、ただせさえ一週間も会わない人が出るくらいなのに、さらに仕事上というか介護の考え方の相違が理由で人間関係に悩んでいる職員が多いのです。

その大きな原因になっているのが、あまりに繁忙な介護業務と低賃金。そんな中で仕事をしていると、どうしても理想と現実の狭間で悩まざるを得ないのです。

ある職員は「もっと頑張って理想の介護に近づけたい」

ある職員は「現実に見合った介護を今はすべきだ」

時に同じ理想を目指す「志」が、意見が違うとすれ違ってしまう。それがたまりにたまって爆発したとき、人間関係は壊れてしまうのです。そうなったら、下手をすれば「職場を辞める、辞めない」の話になるわけです。給料も低いし、他の職を探したくなる気持ちになるわけです。

燃え尽き症候群なんて言葉もあるようです。こころざしを高くもって仕事に就き、現実と折り合いをつけながらなんとか仕事をしてきたけれど、他の職員も自分の高い理想を理解し実行してくれなく、燃え尽きて辞めてしまう。なんと悲しい現実でしょうか。

高い理想(といっても当たり前なことばかりなのですが・・・)を持っているのに実現できない。隠れた成長力を生かせない介護の現場。それを知っている人間は残念ながら現場にいる人間だけなのです。

誰かのせいにしたくはありませんが、国や施設の管理者にもっと頑張ってと言いたい。末端の人間一人が何を言っても変わるものではないのは知っていますが、制度を変えるのは政治家だし、施設を統括しているのは施設長なのですから。まず、現場で同じ給料で働いて見てほしい。そう思います。

私も燃え尽きそうだと感じることは沢山ありました。これからもあるでしょう。でも、できる限り廊下を走り、誰よりも仕事をして、そして入所者のために話を聞き介護していきます。

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介護のお題 「利用者本位って何?」

よく、「利用者本意の介護」って話がでます。

上司からも、利用者本位でやってください、とかよく言われます。

私の解釈は、「利用者本位=利用者を一番優先して」ってこと。

それは、サービスを重視して利用者に極力時間をさくということ。

丁寧な気のきいた介護をするということ。

介護施設に働く人が全員、それにできるだけ力をそそぐということ。

でも、現実は違いますね。

施設の収入は減り、コスト削減を重視。

利益を上げるため、入所率優先。

今でさえめいっぱいなのに、低賃金でこれ以上やる気出せない。

現場無視のコンプライアンスが、さらに後方業務を増やす。

そして、看護師と厨房職員の協力はない。(私の職場だけかも)

さて、どうしたらよいものか。

介護職員、一人一人のレベルアップ?

効率のよい業務体系の確立?

最新ハードウエアの導入?

施設が副業を営む?

それらってよくよく考えると、時間もコストもかかる。

時間とコストを必要十分にかけないと、今までと同じになる。

せめて、事務だろうが厨房だろうが、ましてや看護師は、

もっと現場に出て利用者と接するべき。

話をして、自分たちができることを探すべき。

不景気の中で、施設が生き残るためには、

そして、本当のお利用者本位を考えるなら。

以上、愚痴終わり。また今日も笑顔で介護しますね。

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介護のお題 「本当の時間」

 介護は時間がかかります。排泄介護だけでなく、すべてにおいてお年寄りのペースに合わせなければなりません。なぜなら、体が不自由だし、今まで行ってきた自分の生活習慣もあるからです。体力も落ち、私のようなまだ若い人のペースにはついていくのは無理だからです。慎重にゆっくり、一つ一つの動作を確認するようにゆっくりです。

 しかし、施設の現場は違います。どれだけ効率よく業務をまわすかを考えて、介護をしているのが現状。業務が遅れたりすると、「あの人が遅いから」「あ~あ、遅れちゃった」なんて声が聞こえてきます。業務が遅れれば介護する時間も稼げないから。それが現実で正しいのです。

 私はこんな現実の中で何年も教育され、仕事をしてきました。その考え方は間違いなく正しいことは言うまでもありません。多分、ほとんどの介護職員が疑問を持ったとしても、本当は違うのではと感じることがあったとしても、社会人として、仕事のプロとしてその感情を抑えて介護をしているのでしょう。事実、自分自身もそんな風に介護をしてきました。

 そんな介護に対して、私の疑問は抑えきれなくなり、自分ができることは何なのだろうと自分自身に問うようになりました。業務を効率よくこなせば介護する時間が稼げる。しかし、入所者を巻き込み、急がせ、それで稼いだ時間を入所者への介護に生かす。それって本末転倒ではと。

 ベッドから起こした入所者の髪をくしでとかさず、服の乱れも直さず、布団もきれいにたたまず、それが良い介護するための時間稼ぎなのか。おむつ交換をすばやくするために、ゴロンゴロンと入所者を転がすために介護技術をフル活用。車椅子もすばやく移動させ、会話もなくただトランスするために廊下を早歩きで通り過ぎる。食べ終わっていないのに食器をガチャガチャと急いで片付ける。

 この本末転倒な負の連鎖はどうやったら止められるのだろう。どうしたらみんなわかってくれるのだろうと考え込んだこともありました。いくら言葉で伝えても、一度ついた癖みたいなもので、なかなか直してはくれません。下手すれば、反感をかってしまいます。若く弱々しい私がいくら言ったところで、根本的な解決にはなりません。どうせ、ゆっくり気のきいた介護をしようと言ったところで、じゃ~そうできるように業務を組んでよって言われるのが落ちです。

 そこでたどり着いた結論は、「まず自分がやろう」。時間がかかっても良いから、自分の思う介護をしてみようと思ったわけです。みんなにいろいろ思われるのだろうけど、ゆっくり、本当の介護というものを意識してやってみようと。今まで自分すらやったことがない「本当の介護」ってどんなものなのかを知りたくて、そして実行することで他のみんなが気づいてくれるかもと淡い期待を持ったからです。

 そして気づいたのが「本当の時間」。現実と理想の狭間で見えてきた、介護するための本当の時間。効率と質の良い介護を両立させるためには、本当の時間を知る必要があると感じるようになりました。とても遅い気づきですが、自分には気づいて良かったと思っています。

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介護のお題 「排泄」

介護の仕事は大変ってイメージがあります。重労働で給料も安い。そして「下のお世話」をしなくてはならない。これが一番大変そうだと言われることが多いです。

介護職の好感度はかなりのもの。転職してみたい職業ランキングでも上位のほうです。介護職の魅力についてのアンケートでも、やりがいとか社会貢献とか、人の役に立てるなどの意見が多いみたいです。

実際、サラリーマンを定年退職した方や、主婦などはたくさん私の施設には働いています。若者はなかなか入ってきませんが・・・。

さて、排泄ってことですが、うちの施設は排泄介護では考え方や技術などで他の施設と比べて遅れていると思っています。いまだにめっちゃ大きい紙おむつをたくさんお尻に当てるし、決まった時間にみんないっせいに排泄介助する。下剤もたくさん使っているせいで、下痢便、便漏れ、便失禁が多発して、真夜中に入所者の方を裸にして着替えさせている。一昔の旧型介護をしているのです。

私は頭でっかちな方で、良い排泄介助というものを知っていると思っています。(実践はなかなかできていませんが・・)研修や文献を読む機会が多かったし、自分なりに「良い排泄介護とは」と考えながら介護するように心かけています。

では良い排泄介護とは。私の結論を言うと・・・・

トイレに行きたいと思った(思う)時に排泄をする。

ですかね。これには広い意味があります。トイレに歩いていける人は文字通りですが、一人で行けない人は、行きたいと思った(思う)時に介助する。オムツで全介助の方にも、なるべくトイレに座ってほしいし、出たらすぐに交換、オムツはなるべく小さく少なくですかね。健常者と同じ感覚で排泄してもらうように介護をするってことでしょうか。

どうしても、介護をしていると認知症や障がいのせいにして、「しょうがないから」と介護者に負担の少ない介護をしてしまいがちです。または、特に施設では「暗黙のルール」みたいなものが出来上がって、この人はこうやるのが(介助者にとって)ベストで、それ以外の方法でやることを見失いがちです。

世の中には、最新のいろいろなオムツもあるし、方法論も存在します。それを上手に活用すれば、私の施設でも、今よりもっと良い排泄介護ができると日々感じています。

でも、それをやるには一人ではできません。結局、職員全員の協力がなければ成し遂げることができないと思います。

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介護のお題 「情熱と現実の間」

 ブログをごらんの皆さん、元気に介護やってますか?私は気持ちがまいってます。詳しい事情は明かせませんが、仕事で大役をおおせつかり、緊張と不安でいっぱいなのです。まぁそんなことはどうでも良いですね。

 介護をやっていると、いろんな場面で厳しい現実にさらされるものです。一生懸命介護をやっても良くならないとか、介護を理解してくれない人がいたりとか。気持ちだけが先走って周りがついてこなかったり、うまくいかなかったり。理不尽なサービスを受けたり、逆にそこまでしなくてもと思うこともあったり。

 人はみんな違う考えを持っている。価値観も違うし目標も違う。そんな社会のなかで生きていることは十分理解しているのに、どうしても腑に落ちないところが出てくる。

 私は特養職員ですが、こんな考えを持っている一人です。良い介護をしようと日々考え少しずつ行動しています。できれば日本一に近い特養になればと思っています。でも、その情熱はなかなか現実と相容れないものも多いのです。

 たとえば、担当の利用者さんのためにいろいろなアプローチをしようと、看護師さんに相談を持ちかけると、

「治らない病気なんだからしょうがない」

「ほかの利用者が迷惑しているから違う場所に移しましょう」

とか言われたり、パートさんに協力を仰ぐと、

「私はパートだからそれは私の仕事ではないから」

「あなたは正社員でボーナスもらっているのだからあなたが頑張って」

とか言われることも度々あります。

 職員全員で協力してやらなければ、人手が足りない介護の現場では実現することはできないし、特養で医療を主業務とする看護師さんがあきらめて協力をしないのであれば、健康に生活できる環境を誰が守るのかと思います。

 確かに現実を受け止め見つめることはとても大事です。しかし、それでも何かしようと考えもがく事こそ私たちの仕事だと思います。いかに現実が厳しく無理があっても、何かできないかと考えることをやめてしまっては進歩は無いと思います。

 情熱と現実の間には壁がありますが、その間にこそ、人間として介護職員としての生きる意味があるのではと感じます。現実を受け入れ、情熱を保ち、本当の意味で入所者に介護してもらって良かった、長生きして良かったと思っていただける介護ができたらいいなと考える次第です。

 次回予告、介護のお題 「排泄」ってことで。だいぶ大きなお題ですが私の考えをコンパクトにと思ってます。

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介護のお題 「園芸」

 私は実家に住んでいます。田舎なもので土地は広く、庭もあります。父が庭いじりがすきなのもで、庭木が生い茂り季節の花が咲いています。鳥やカエルの鳴き声も近く、それだけで今の季節や天気を感じることができる良い環境だと思います。

 施設の入所者は平均要介護度が4前後ということもあり、ベッドの上ですごすことが多く、外の景色や匂いや温度を感じることがあまりありません。それにもまして、窓から見える景色といっても、たいした季節を感じることなどできない景色です。季節の花も乏しく、エアコン管理と離施設防止のため、窓を開ける機会も少ない。いや、外に出ること自体、嫌がり、外に出る目的などないのが現実です。

 園芸療法などというものが世間には存在しますが、私は勉強したことはありません。でも、庭木や花などが人間にどのような影響をもたらすかはなんとなく知っていました。父の遺伝子か、農家の祖父の遺伝子かはわかりませんが、園芸は楽しいと感じる今日この頃。園芸によって入所者の生きる意欲、生活の活力になってくれたらと思うようになりました。

 施設にある中庭。その入所者が一番目にし出入りできる場所に、庭木が生い茂り、花が咲き、小鳥が行き来する。そんな場所があれば、きっと入所者が外に出たくなり、季節を感じ、生きる希望を持てるのではと思っています。

 一朝一夕にはできないことはわかっていますが、いつかそんな中庭ができあがり、入所者の笑顔が見れる日を信じている今日この頃です。

次回予告 介護のお題 「情熱と現実の間」 ってことで。

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介護のお題「一年」

 約一年ぶりの更新、びっくりです。久しぶりに自分の記事を読んでみて、「あ~あの時はこんなことを思っていたのか」とちょっと恥ずかしく思いました。お気に入りリンクにあるブログの方々は、元気でいらっしゃるのでしょうか。

 この一年を振り返ると、自分があんまり成長していないことに気づきました。一年前にはこうしたいと思っていたことが、まだできていない。悲しいですが現実ですね。「継続は力なり」って私の父は言いますが、継続していないとできるものもできないのですね。

 嫁さんに「ブログ見てたんだ~」って話したら、ちょっとだけでも記事を書いたらって言われて、記事を書いている次第です。介護に関してはたくさん書きたいことがありますが、なんでこの一年記事を書かなかったのだろうと、ちょっと反省しています。「ハンゲー」やってる嫁さんを時々椅子からどかして、記事を書いていきたいと思いつつ、「どうせ飽きるでしょ」と心の中の悪の自分がささやいています。

 介護のお題として「一年」と題しているわけですから、介護にそった記事にしなくてはなりませんね。

 一年という時間は私のような30そこらの若者(?)にとってはたかが一年。でもお年寄りにとっては、特に特養に入所している方にとっては大きく変化する一年です。昨年いた入所者も今年はいない。悲しいことですが現実です。いろんな出会いや別れを経験してきましたが、いつもこのことを考えると思うのが、時間の大切さです。

 中学の担任の先生にもらった色紙には「光陰矢のごとし」と書いてありました。むかしからマイペースな性格で、何でものんびりやることが多かったように思います。この一年間こんな自分が、自分がお年寄りにベストな介護をしてきたかといえば、そうではないと思います。もっとこうすれば、この方は亡くならなくて済んだのでは?ってしょっちゅう思っています。

 去年一年間、自分がもっともっとがんばれば、みんなもがんばれば長生きできたのでは?もっと幸せな生活が送れたのでは?って思います。

 一年という時間は本当にあっという間。あわただしい介護の現場でどれだけ濃密に入所者とともに時間を過ごせるか。

 入所者にとっては一年はとっても大切なのなだと、改めて感じました。

 次回、必ず更新するぞって意味で予告。

 介護のお題「園芸」ってことで。

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ドリームメーカー

かなり久しぶりの更新。最近の近況を。

介護主任が辞めてから、自分なりにいろいろ考え悩んできました。果たして自分になにができるのだろうと、日々考えながら行動してきました。

最近は、そんな悩みも落ち着き前向きに仕事に取り組んでいます。一歩踏み出す事がこれほど難しく、しかし簡単なのかと思っています。

というのも、心の中で一つの答えみたいなものが見つかりました。まず、やってみようと考える事。筋を通すところは通し、何でもやってみる事が一番ですね。

そして、自分の仕事は「ドリームメーカー」なのだということ。夢をかなえる人なんて大げさなことではない。日々のほんとに小さな利用者の訴えや希望を受け止め、それを叶える。そのことに今やっと気づいた、いやそう感じています。

なかなか自分の思い通りにはならないけど、じいちゃん、ばあちゃんの、職員の小さくて大きな夢をかなえようと思ってます。

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お詫びと最近の近況を。

更新できていないことを先にお詫びいたします。

自分の施設の愚痴をこの場を借りていろいろ言ってきた私ですが、更新できない理由を言い訳のように言わしてください。

ネットの世界は広いといえど、介護のブログは多いといえど、なかなか施設のことを根掘り葉掘り公開することは、責任が重大なのではと感じていました。

もし、このことが会社に知れたら首は間違いないだろうし、会社には悪い人ばかりではないのです。そんな事をいろいろ考えると、ここで公開できることってとても少なくなってしまって、パソコンの前に座れなくなるのです。

最近、上司がやめて、会社は大きく変わりつつありました。施設のトップにも現場を理解してくれそうな方が就き、委員会の活動などは以前より格段によくなりました。人不足は相変わらずですが、希望の光が大きく輝いている状況です。

しかし、上司がやめ、自分がそれに近い立場に立ったとき、思うように動けない自分がいます。施設を守る責任や自分を守ろうとする傲慢さが、正しい眼差しを曇らせます。

なにが正しいのか、正しくないのか、それすら悩みます。というか、なにができるのか、できないのか、という考えになってしまいます。できないから保留にしておく。これならできるから答えは灰色。中間の答えが多くなってくるのを感じます。

一歩一歩前に進めばいいと人は言いますが、その一歩が果たして正しいのか。そう考えてしまい、なかなか一歩が踏み出せません。

非常に抽象的な文章になっていますが、こんな曖昧な感情に支配されてるのが今の私の現状です。

これからも、できるだけ更新はしていきたいですが、また次がいつになるかはわかりません。無理せずやっていきたいですね。

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介護のお題 「ゴールデンウイーク」

久々の更新。ゴールデンウィークも終わりですね。私も嫁の友達の家にバーベキューをしにいったり、結婚式にお呼ばれしたりと、仕事の合間になかなかイベントのある一週間でした。

もちろん、特養にはゴールデンウィークなどというものはありませんね。24時間365日職員がいなければなりませんので、正職員は特に出勤しなければなりません。私もその一人。特に苦にはなりませんが、たまに一週間ぐらい休みたいな~と思うこともあります。

この時期は利用者が減るか増えるかといえば、いつもと同じです。休みの間自分の親と一緒の時間をすごしたいと家につれて帰る家族もいれば、休日を旅行をしてすごす為に施設に預ける家族もいます。事情は何であれ、それにお答えするのが施設です。

しかし、いつもと違うといえば、施設に来る家族の数が増える事。いつもはなかなか来ない家族も、孫やひ孫を引き連れて来ます。認知症で子供の顔もわからなくなった利用者も、赤ちゃんの顔を見たとたん、笑顔で溢れます。久々の面会に笑顔を見せない入所者はいません。そんな入所者を見て顔がほころばない職員もいません。

ゴールデンウィークは様々な家族模様が行き来します。入所者にとって黄金週間は、家族と一時会える、かけがえのない一週間なのかもしれません。

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