介護のお題 「本当の時間」
介護は時間がかかります。排泄介護だけでなく、すべてにおいてお年寄りのペースに合わせなければなりません。なぜなら、体が不自由だし、今まで行ってきた自分の生活習慣もあるからです。体力も落ち、私のようなまだ若い人のペースにはついていくのは無理だからです。慎重にゆっくり、一つ一つの動作を確認するようにゆっくりです。
しかし、施設の現場は違います。どれだけ効率よく業務をまわすかを考えて、介護をしているのが現状。業務が遅れたりすると、「あの人が遅いから」「あ~あ、遅れちゃった」なんて声が聞こえてきます。業務が遅れれば介護する時間も稼げないから。それが現実で正しいのです。
私はこんな現実の中で何年も教育され、仕事をしてきました。その考え方は間違いなく正しいことは言うまでもありません。多分、ほとんどの介護職員が疑問を持ったとしても、本当は違うのではと感じることがあったとしても、社会人として、仕事のプロとしてその感情を抑えて介護をしているのでしょう。事実、自分自身もそんな風に介護をしてきました。
そんな介護に対して、私の疑問は抑えきれなくなり、自分ができることは何なのだろうと自分自身に問うようになりました。業務を効率よくこなせば介護する時間が稼げる。しかし、入所者を巻き込み、急がせ、それで稼いだ時間を入所者への介護に生かす。それって本末転倒ではと。
ベッドから起こした入所者の髪をくしでとかさず、服の乱れも直さず、布団もきれいにたたまず、それが良い介護するための時間稼ぎなのか。おむつ交換をすばやくするために、ゴロンゴロンと入所者を転がすために介護技術をフル活用。車椅子もすばやく移動させ、会話もなくただトランスするために廊下を早歩きで通り過ぎる。食べ終わっていないのに食器をガチャガチャと急いで片付ける。
この本末転倒な負の連鎖はどうやったら止められるのだろう。どうしたらみんなわかってくれるのだろうと考え込んだこともありました。いくら言葉で伝えても、一度ついた癖みたいなもので、なかなか直してはくれません。下手すれば、反感をかってしまいます。若く弱々しい私がいくら言ったところで、根本的な解決にはなりません。どうせ、ゆっくり気のきいた介護をしようと言ったところで、じゃ~そうできるように業務を組んでよって言われるのが落ちです。
そこでたどり着いた結論は、「まず自分がやろう」。時間がかかっても良いから、自分の思う介護をしてみようと思ったわけです。みんなにいろいろ思われるのだろうけど、ゆっくり、本当の介護というものを意識してやってみようと。今まで自分すらやったことがない「本当の介護」ってどんなものなのかを知りたくて、そして実行することで他のみんなが気づいてくれるかもと淡い期待を持ったからです。
そして気づいたのが「本当の時間」。現実と理想の狭間で見えてきた、介護するための本当の時間。効率と質の良い介護を両立させるためには、本当の時間を知る必要があると感じるようになりました。とても遅い気づきですが、自分には気づいて良かったと思っています。
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