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介護のお題 「経管栄養」

またまた事件が起きました。

ある入所者が最近、食事摂取量が低下して、ムセリも見られるようになってきたのです。

ということは、答えが決まってくるのです。そう、看護師さんは経管栄養にしたがるのです。

看護師さんはこう言います。

ムセリが強く、肺炎のリスクが高いので経管栄養が望ましい。ご家族は望んでいないが、説明して先生にも話す。

ごもっともです。でも待ってください。

いつもいつも、苦しみや痛みや不安を訴える入所者に年だからしょうがないと言い放っている看護師さん。こんな時ばっかり手早く動くのはなぜですか?

経管栄養になることは、入所者やご家族が望んでいることなのですか?

施設の唯一といっていい食べるという楽しみを奪うんですか?

まだ食べれますよ。食事形態を変えて、食事姿勢を工夫し、食事介護の方法をしっかりやれば、ほら、食べるのが少くなったのも、まだ1~2週間だけで、最近また食べれるようになってきましたよ。

過去にも2人、経管栄養になりそうになった方がいました。また同じ過ちを繰り返すのですか?

もう勘弁してください。ただでさえお昼2時に夜の経管栄養を流す看護師さん。経管栄養の方の離床に反対する看護師さん。

もうずっと同じ天井を見続けなくてはならない生活をせざるを得ない方を増やさないでください。

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介護のお題 「評価」「チームプレー」

最近、いらいらすることばかりです。

きっかけは4月という季節がらの人事です。

日頃、利用者を見下すような態度や発言をしている看護師が評価をされたのです。

社会とは厳しいものだとは分かっていたはずですが、震災の時も、そうでないときも、最前線でがんばっているのは介護職員なのに、日頃ティータイム雑談をしている看護部が評価されるのか。

利用者のことを一番に思っている人は評価されないのです。評価される人間とは、ミスせず、従順で、うまく立ち回れる人。必要と思われる人。

がんばった実績ではないのです。利用者の笑顔をたくさん作った人ではないのです。

それは介護の世界もなにも関係ない、この社会の人間性の多数派なのです。

それは介護職員の中の多数派でもあります。

最近チームプレーができずバラバラです。こうなることはわかってはいたのですが、どこかで信じていた自分が馬鹿らしいと思いました。

休憩をせずに一生懸命頑張っている職員がいるのに、横目でみて休憩に入る職員。なにも感じずに談笑する職員。

昔は違った。誰かが終わらなければ手伝う心があった。なにか手伝うことないですか?と聞いていた。

業務を組んだ私が悪いのだが、時間を作ればそこに甘えていってしまう人間。時間があればもっと良い介護ができると思っている人間。

そうではない。時間など関係ない。先にあるべきなのは、お年寄りを思いやり、精一杯介護をしようという心。それさえあれば、時間は作られ良い介護ができる。

忘れてませんか?利用者が一番大切にされなければならないこと。

それを忘れた施設。利用者は認知症で体が不自由で、長く生き作られた性格や習慣がある。家庭の事情も複雑だし、介護制度ももう少し直してほしいと思う。

それらをすべて理解し、受容し共感して介護することが仕事。なのに施設も、そこに働く人間も忘れてしまう。

ただ問題なく時間が過ぎればそれで良いのだ。それが一番。評価される。

久しぶりに辞めたいと思った。本気で。

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